potta

「ほかの人がつけた名前に愛着を持てるかなってはじめは不安だったんです」
そう話す店主の小坂知美さんと、夫でオーナーの小坂朗さんに、pottaという名前が生まれるまで、そこからはじまったpottaのいまを聞きました。
Writing:Jun DAIKICHI (NAUM.inc) Photo:Shinkouenji Posuke
東京から長野新幹線で1時間半。春休みの週末、満席の新幹線は軽井沢でほとんどの客を下ろし、次にとまったのが佐久平だ。たった1駅8分だが、軽井沢のにぎやかさとはうってかわり落ち着いた駅を出て、車でpottaに向かう。
ショッピングモールや大型チェーン店が立ち並ぶ幹線道路沿い、日本の郊外のいわゆる「ロードサイド」を見ながら走ること30分。千曲川のそば、佐久穂町の中でもかつては林業と鉄道で栄えたというエリアにpottaはある。

「カフェの名前を考えて欲しい」とNAUMに依頼があったのは2021年の12月。聞くと、長野に移住した家族が、住居を一部改装してカフェをつくるという。すでに設計は終盤を迎えており、来春のオープンを目指していた。しかし、店名だけがどうしても決まらない。看板の制作もあるので翌年の2月には決定したいとのことだった。
「実は自分たちで考えていた名前があったんです。でも、お店のことを相談してコンサルタントとしてアドバイスをもらっていた友人に話してみたら、『その名前はちょっと…』と言われてしまって(苦笑)。そこから毎週、その友人にこの名前はどうかと提案して、ダメで、提案して、ダメで、という繰り返し。名前を考えはじめて3ヶ月くらいかな。もうどうしたらいいんだろうと思っていたときに、NAUMさんを紹介されました」(知美さん)

NAUMでは依頼を受けると、まず依頼者の方へ「ヒアリングシート」への入力をお願いしている。ネーミング対象ができるまでのストーリーやターゲット想定など20以上の質問への回答から、依頼者がやりたいこと、どういったネーミングを求めているのかを知るきっかけにしている。
シートができれば次はオンラインや対面でのミーティング。NAUMが依頼者から直接話を聞いて、ネーミング対象への理解を深めていく。
pottaの場合、当時知美さんたちがつくったシートの一部は以下だった。


「長野に移住した当初は佐久平駅そばにアパートを借りていたんですが、仕事や子どもの学校の関係で佐久穂にくることが多く、引っ越し先を探していました。このあたりは自然が近くていい場所なんですが、子連れでゆっくり話せる場所はファミレスしかなくて。もっと選択肢が欲しいなとも思っていました。ここの物件をみつけたとき、夫は平日東京で仕事し、週末佐久穂に来る二拠点生活だし、平日子どもと私の2人で暮らすには家が大きすぎる。じゃあカフェをやろうかなって。それが2021年のはじめくらいですね」(知美さん)

そこから、「キッズスペースがあるカフェ」をつくることにした小坂さん家族。元々は鰻屋だったという物件を購入し、つくりたいカフェのイメージを膨らませていった。
「僕は東京のフレンチカフェ『AUX BACCHANALES 原宿(オーバカナル 原宿)』で働いた経験があって、大変さを知っていたから『カフェなめんなよ』って言って(笑)、妻には修行に行ってもらいました。当時一緒に働いていた仲間が長崎県の波佐見で製陶所の跡地を改装したカフェレストランを長年やっていて、そのお店から周辺地域が人気となったような素晴らしいお店なんです。食を通じて会話が生まれるような場所をつくるという、彼の考え方に共感していたので、妻を働かせて欲しいとお願いしました」(朗さん)
飲食業のキッチン未経験で挑んだ修行は大変だったという知美さん。長崎のクレープ店や東京でも働き、お店のイメージもどんどん湧いてきた。
「単なる飲食店ではなくて、コミュニケーションがとれるお店。居心地がよくて、ほっとするお店にしたいなと思いました。元々佐久穂に住んでいる人も、移住してきた人も、観光客も、大人も子どもも、みんなが会いに行きたいと思ってくれるような場所にしようと、自分たちの中ではずいぶんカフェのイメージも深まっていたんですが、NAUMさんのヒアリングシートには考えたことのない質問が多くて、戸惑いましたね。名前をつけるのに、こんなことまで考えるんだって」(知美さん)

そして2022年1月。NAUMとのオンラインでのミーティング。画面越しの知美さんたちからはピンと張り詰めた空気が漂っていた。
「すごく緊張しました。これまで苦労してきた分、名づけをすごく重いものに考えちゃって。不用意なことは言えないぞ、ヒアリングシートに書いたことだけ言うぞ、と構えてしまっていた気はします(苦笑)。ミーティングが終わったらほっとしたというか。あとは、プロはどんな名前を考えてくれるんだろうと、楽しみに待つ時間でした」(知美さん)

ヒアリングから1ヶ月後、NAUMから提案した名前は9案。佐久穂であること、日々の暮らしを感じさせること、そして子どもも言いやすい名前を考えた。感想は?
「こんなに自由で、楽しい名前でいいんだ!と驚きました。自分で考えていたときは、好きなものとか、好きなお店の名前に似たものになっていたので、違う視点が新鮮でおもしろかったです」(知美さん)
「僕は、妻と当時オープンを手伝ってくれていたスタッフの子、とにかく2人が納得できればいいなという思いでしたね。でも、2人が気に入った名前がそれぞれ違ったんだよね」(朗さん)
「そうなんですよ。お互いにこっちがいいんじゃないかと譲らなくて。お店のことを相談していた友人とも、ひとつひとつの名前を紙に印刷してテーブルに広げて、意見を言い合いました。それでやっとこれにしようと、ひとつに絞ったんですけど、なにか心にはモヤモヤしてるものもあって。なので、この名前と同じ意味合いで、違う案をもう一度提案してもらえないかとNAUMさんにお願いしたんです」(知美さん)

その名前は、「まざりあう」というイメージで付けられた名前だった。
そして2回目の提案。追加で5案を提出する。その中にpottaがあった。その時の資料にはこう書いてある。
potta
具だくさんのスープ、Pottageから。様々な個性がまざりあっていい味になる。
「気に入りましたね。スタッフの子との出会いが佐久穂の『のらくら農場』でともに働いていたことだったので、野菜を使ったポタージュスープのイメージはぴったりだなと思ったし、お客さんと私たちと美味しい食材をまぜあわせていいものになるっていう意味が、すごく腑に落ちたんです」(知美さん)
一方、スタッフは1回目の案から決めた名前を推した。2つの案のうちどちらにするか。みんなで話し合ったが、最終的に朗さんは「現場にたって店をつくっていく2人で決めるのがいい」と決定を委ね、その場を離れたという。
「1回目の案の名前もかわいくて迷ったんですが、お店のメニューや内装の雰囲気との相性も考え、最終的にはスタッフの子も納得して、ふたりでpottaにすると決めました。ずっと悩んできたから、やっと決まったー!って(笑)。すーっと心が軽くなりました」(知美さん)
この時が2022年2月末。名前を考え始めてから6ヶ月が経っていた。

そして2022年初夏にpottaをオープン。地元産のそば粉を使ったガレットや、季節のフルーツを使ったクレープが評判で、地元の人はもちろん遠方からのお客さんも多いという。
クレープを食べていたお客さんにpottaという名前の由来を知っているか聞いてみると、「ポタージュスープからきてるんですよね。呼びやすくてかわいいです」と言ってくれた。
「聞き馴染みのある言葉だから、みなさん気軽に呼んでくれてるんじゃないかな。私の名前より、ポッタさんの人だ!みたいなね(笑)。由来もよく聞かれますが、説明しやすいし、みなさんなるほどねーと言ってくれます」(知美さん)
「NAUMさんに依頼するまで、名前を考える会社があるなんて知らなかったけど、お願いしてよかったですね。お金がかかることでもあるし、不安もあったけれど、pottaという名前は自分たちでは到底思いつかなかった。最初に考えていた名前にダメ出ししてくれて、名づけの道筋をつけ、NAUMさんを紹介してくれた友人に感謝です」(朗さん)
その友人からは「悩む時間が長ければ長いほど、どんな名前でも気にいるよ」と言われていたという。自分たちで考えて考えて、悩んで悩んで、6ヶ月の間熟成された思いがあったからこそ、納得のいく名づけになった。
「自分で考えたわけではないのに、pottaに決めた瞬間からもう自信満々で、私たちはpottaです!と言えました。不思議ですよね。決めてもらったんじゃなくて、私たちが決めたんだ!という感覚なんです。NAUMさんにお願いして、pottaという名前を考えてもらって、本当に満足しています」(知美さん)

取材をした日、軒先にはポップアップのおむすび屋さん。店内のキッズスペースでは子どもたちが遊び、カウンターでは年配の男性がコーヒーを飲みながら知美さんたちとの会話を楽しんでいた。カフェをつくろうとしたときに思い描いていた景色がそこにはあった。
今後は、もっと地域の人たちと一緒に何かをつくったり、協業したりしたいと明るく話すふたりを見て、最初のヒアリングシートに書かれていた答えを思い出した。

知美さんたちが農場で働いた経験があったからこそ、「泥臭い」というワードが出たのだろう。おしゃれすぎない、洗練されていない少しの野暮ったさが、あたたかさとなっていまのpottaに宿っている。
ふたりの人懐っこい笑顔を見て、pottaがpottaになっていっている気がした。

potta
長野県南佐久郡佐久穂町高野町2952-5
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